つやだしのレモン

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都留泰作『ムシヌユン』 性欲と劣等感を妥協なく

 

ムシヌユン 1 (ビッグコミックス)

ムシヌユン 1 (ビッグコミックス)

 

 

 全6巻の感想。ネタバレあり。 

 

・ダメ人間をリアルに描いた怪作

 性欲と劣等感に支配された非モテ男子の生態を、とことんまでリアルに描いた漫画。

 ただ、物語の骨格自体は、「まともに人と会話できないダメ人間が、一人前になる物語」なので、けっこう王道。最後、主人公は人類を救う英雄になっているし。

 でも、前半の「ダメ人間」の描写がハードすぎて、そういう「英雄物語」的な雰囲気は微塵もない。主人公のダメっぷりの描写に妥協が一切なく、読んでいて共感もできるけど、ちょっと辛くなってくるところもある。それだけ徹底的に、人間の嫌なところをエグってくる。

 

・昆虫+SF+ラブコメ+チンポ

 本当に、いろんな要素が一つの漫画の中に詰め込まれている。「昆虫」「SF」「ラブコメ」「チンポ」といった素材を闇鍋のごとく一つの容器に入れて、色が黒くなるまでたっぷりと煮込んで出来上がったのがこれ。味がとにかく濃くて、なんかところどころネチョネチョする。

 一つ言えるのは、「人間と異種族の混交」をこの漫画は見せたいのだろうな、ということ。主人公には昆虫がとりついて、妙な能力を身につけるのだが、人間と昆虫がまざったフォームはおそろしく気持ち悪い。でもその気持ち悪さがクセになるというか、そのゾワゾワ感は不快なんだけど見てみたくなるというか。映画でいうと、『ザ・フライ』とか『遊星からの物体X』とか『第9地区』の気持ち悪さに近い。

 

・後半の展開は少し残念

 主人公=ダメ人間を支配しているのは、「性欲」と「劣等感」。この2つを「そこまでエグりますか」と思うほどに丹念に描いている。汗臭さと性(精)の臭いがページから立ち上がってくるほどに。

 主人公は劣等感にとりつかれていて常にビクビクしており、他人とのコミュニケーションに自信をもてない。だが自意識と性欲は人一倍強いので、欲望と現実との遥かなギャップにもがき苦しみ悶絶する。この情けのないダメ人間っぷりの描写は本当に執拗で、同じ内容を上書きするかのように何度も何度も繰り返される。

 とはいえもちろん、そうした主人公の性欲と劣等感の描写は、終盤の主人公の覚醒の前フリになっている。こんなに情けのないクズ野郎が、どのように自分を変えていくのか、読んでいて楽しみになってくる。これだけ丹念に前フリをするからこそ、その後のジャンプの爽快感を味わいたくなるのだ。

 けれども残念なのは、そのジャンプがあんまり上手くいっていないこと。終盤の主人公の覚醒が中途半端というか、その場の状況に流される形で英雄になる展開になっていて、「どうしてあれだけ情けなかった男がここまで吹っ切れたのか」を説明しきれていない。だから、本当なら主人公にめいっぱい共感できるはずのところで、すっと気持ちが離れてしまう。最後、憧れの人だった新城かなこと一時的にではあるが結ばれて、新城かなこは「幸せ」とまで言う。でも、主人公がなぜ変われたのかが分からないので、どうして新城かなこが「幸せ」と言えるのか、よく分からない。

 この漫画らしくエロで例えるとするならば、もうすぐでイけるというところまでさんざん刺激してもらったところで、急に寸止めされて、そのまま終わってしまう感じ。出したい気持ちを煽るだけ煽って出させてくれない。焦らすだけ焦らしてフィニッシュはなし。そういう特殊風俗って、あるのかどうか分からないけど、私の感想はそれだ。この漫画は特殊風俗だ。