つやだしのレモン

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アイリッシュ『シルエット』 哀愁あふれる短編集

 
 アイリッシュ短編集4。1974年刊行。

 印象に残ったのは「窓の明り」「秘密」。特に「窓の明り」は哀愁あふれる名短編。


・毒食わば皿 Murder always gathers momentum

 金に困った男が、ほんのはずみで人を殺し、そこから連鎖するように殺人を重ねていく話。警官に胸を撃たれながらも必死で目的地へ行こうとする描写に緊張感がある。最後のオチはO・ヘンリーのよう。


・窓の明り The light in the window

 戦争帰りの男が、付き合っていた女の不貞を疑う話。最後まで読んだ後に、また始めに返って読むと、全然違う味になる。

 PTSDも絡んでいる。アイリッシュは兵士のPTSDを作品のモチーフとして使っていて、例えば短編「踊り子探偵」にもそれがでてくる。

 元兵士が女性を殺す場面の描写がいい。アイリッシュは殺しの場面を描かせたら超一流。

 目には涙があふれてきたが、それ以外に女は苦痛のしるしを見せなかった。首をふりうごかしても、ほとんどそれとわからぬほど小さな動作だった。どんな幻影のような矛盾さえ、そんなありもしないことにあてはめるには実体がありすぎる、といいたげであった。

 最後の文、意味はよくわからないのだが、それでも何度も読ませるだけの力がある。

死はぜんぶいっしょでなく、ばらばらにおとずれた。

 

・青ひげの七人目の妻 Bluebeard's seventh wife

 サスペンスに寄ったアイリッシュ。いい意味でスリル満点、悪く言うと読み捨てられる小説。

 

・死の治療椅子 Death sits in the dentist's chair

 「自由の女神事件」と同様に、ユーモアに満ちた一編。主人公が歯医者を怖がるさまが面白いし、刑事のセリフもいい。ドアの鈴にイライラするという描写もリアル。

 

・殺しのにおいがする He looked like murder

 「親友にかけられた疑いを晴らす」という筋書きの短編。この筋はアイリッシュが好んで使っていて、「送って行くよ、キャスリーン」や『幻の女』にも見られる。

 

・秘密 Silent as the grave

 妻の葛藤。アイリッシュには主人公が女性である作品が結構ある。「命あるかぎり」「死の接吻」など。ただ、他の作品では「男からの暴力に脅える女」という構図だったが、この作品では「男への信頼が揺らいで疑心暗鬼になる女」が描かれている点で特徴的。

 同じ一文が何度もリフレインするのは、アイリッシュが得意とする手法。「いつもと変わらぬ夜だった。月はなく、星も出ていない」という文が3度、出てくる。ラストの女のセリフも、最初の繰り返しになっている。

 ストーリーは、普通に考えても結構おかしい。結婚するときに、殺人の告白を平然と受け入れられた時点でもうおかしい。もっと動揺しろ。

 

・パリの一夜 Underworld trail

 少しおバカな船夫2人組が、パリの町で麻薬組織のアジトに踏み込んで若くてキレイな女性を救う話。あらすじだけ言うと限りなくチープで、実際かなりチープだが、主人公2人組の人物造形にユーモアがあって面白い。その点では「死の治療椅子」とトーンは似ている。

 

・シルエット Silhouette

 クリスティー検察側の証人』に影響を受けているであろう短編。

 いろいろとツッコミどころはあるが、一番は弁護士が悪どすぎることか。殺人をもみ消すことにノリノリの弁護士はなかなかいないだろう。それに、死人の髪をセットする美容師というのもおかしい。

 

・生ける者の墓 Graves for the living

 生き埋めにされることを極度に恐れる男と、生き埋めをネタに金をむしりとる秘密組織とが出会う話。

 秘密組織は詐欺集団で、薬をつかって人を仮死状態にし死亡診断書を出させ、そのまま生き埋めにした後に掘り返して、「私たちの力であなたは生き返った」と言って大金を寄付させる、という手法で金を稼いでいる。こう書いただけでも手口が込み入りすぎていて、まともに実現しそうにない。でも、「一度死んでいるのだから、あなたは不死になった」という発想は面白い。