つやだしのレモン

読んだもの、見たものの感想を書く場所。

今月読んだもの 2020年4月

 

新津きよみ『ママの友達』

ママの友達 (光文社文庫)

ママの友達 (光文社文庫)

 

 30年ぶりに回りだした交換日記をきっかけに、3人の「ママ」たちの生活が少しずつ変わっていく話。

 物語の入りがサスペンス風なので、犯人探しの展開になっていくのかと思いきや、殺された人間はあくまで周辺であり続け、中心にあるのは「ママ」たちの日常。

 最近は「どんでん返し」や「予想外の展開」を売りにするサスペンスに食傷気味なので、こういう日常のモヤモヤを書く小説が読んでいて心地よかった。

 

藤田宜永『老猿』

老猿 (講談社文庫)

老猿 (講談社文庫)

 

  不思議な小説。

 物語のパーツだけ見ると、「ミステリアスな若い女性に恋するオジサン」「過去に大きな謎をもつ人嫌いの老人」など、007的な要素が多い。でもストーリーテリングが巧みなので嘘っぽさが不思議とない。

 60歳くらいの元ホテルマンが主人公の小説なので、物語の滑り出しはとてつもなく地味。これでもかというくらいに地味。なのだが、気になって先を読ませるくらいのリアリティがある。

 人物造形も見事。主要な登場人物が3人いるのだが、最初はみんな全然好きになれそうにないキャラクターなのに、読み終える頃には3人ともにほのかに愛着を感じている。

 

 佐々木昇平『革命戦士 犬童貞男』1-2

  めちゃくちゃなギャグ漫画。めちゃくちゃ面白い。

  10年くらいまえに『発狂する唇』というギャグホラー映画を見て、その徹底したくだらなさが大好きでDVDを買って繰り返し見ていたけど、この漫画はその映画のくだらなさに似てる。古き良きエログロナンセンス

 

堺屋太一『油断!』

油断! (文春文庫 193-1)

油断! (文春文庫 193-1)

 

  Twitterで勧めている人がいたので読む。

 石油危機が起きて石油の輸入が断たれたとき、日本はどうなるか。実際の調査をもとにしている。

 この本で面白いのは、単に石油断ちで日本が危機的な状況に陥るプロセスを書いているだけでなく、そうした危機的状況で、人間がどのような行動に走るのかも描いているところ。

 例えば「デマ」。小説の中で政府は計画停電を行うが、一部の重要地域(水道施設や緊急病院のある場所)はその計画停電の区域からは外す。それは政府としては当然の処置だが、一部の地域が停電から外れていることについて、「あの場所には重役が住んでいるんだ」とか「政府の偉い人の家は停電にならないんだ」というようなデマが飛ぶ(Kindle版、3303)。

  他には「責任追及」も、危機的状況下における人間の憎悪のはけ口として機能する。石油危機による停滞を引き起こしたのは誰なのか、犯人探しが始まるのである。石油不足への対策を怠った議員や官僚たちが吊るし上げられ、人々の苦しい生活を作った元凶として糾弾される(3567)。

 その中で、吉崎という名の議員が発するセリフが重い。

「時流に乗って騒いでいるのは楽なんだ。自分で考える必要もないし、決断する勇気もいらないからね。そういった連中が多いから、日本の世論は極端になるんだ。そして行くところまで行くんだ。つまり物理的な破壊とか圧倒的な外圧とかいったもので目を覚まされるまでね。その意味じゃ、黒船の大砲もB29の爆弾も、亜硫酸ガスの煙もこんどの石油危機も同じなんだ。みんな、それぞれの時代の人が本当にいいと思ってやったことの結果なんだからねえ」(3666)

 

  さらに、「儲ける」ことに対する当たりの強さも描かれる。人は儲けている人間に嫉妬し、その欠点を探して「こんな悪どいことをした奴」とか「でも私生活では悲惨」みたいなレッテルを貼って納得しようとする。そういう「儲けてる奴は許さない」という世論に対して、根っからの商売人である芳次郎というキャラクターは次のように言う。

「つまり、あんたらは、私どものしたことで日本と日本人がようなったか悪なったかということを考えんと、それで私どもが儲けたかどうかを考えて、感情的になっておられる。それが問題や。一緒に苦しみ一緒に飢え、そして一緒に死んでくれる人は許せても、一人だけ安楽と栄華を極める奴には腹が立つ、そういう嫉妬心こそ、この日本をいまの窮地に陥れた元凶なんや。それが世の中を暗くし、硬直させ、盲目的な暴走に追いやるんですわ。本当の世の中の進歩と安全をもたらす人間は、ともに涙を流す無能な聖者と違ごて、お互い頼り合うてふわふわ生きる追随心やのうて自らの決断と責任に賭ける自助の精神だす」(3915)