つやだしのレモン

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アイリッシュ『黒衣の花嫁』 未亡人の復讐物語

黒衣の花嫁 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

黒衣の花嫁 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

 アイリッシュの「ブラックもの」第1作。夫を殺された妻が、復讐のために連続殺人に手を染めていく話。

 以下、ネタバレあり。

 

 

 アイリッシュは設定がガバガバであることが多く、この作品でもそのガバガバさはいかんなく発揮されている。まるで関係なさそうな事件の関係性になぜか気づく警察が優秀すぎるとか、夫を殺した真犯人である男が都合よくすぐそばにいたとか、その真犯人が人目の多い結婚式場で暗殺しようとしていたのはなぜかとか、粗を探せばいくらでも出てくる。

 でもそういう粗は「時代だからね」という一言で軽く流しつつ、この作品の良さを探してみると、殺人に哀しみがあるところだろうか。夫を失った妻が、その「負債」を返すために、たったひとりで5人の男を一人ずつ殺していく。自分の人生は諦めて、夫の復讐にすべてを捧げる切なさが、いかにもアイリッシュ節。

 ところどころの筆運びもうまい。例えば以下は、主人公が男をテラスから突き落とす場面。

 彼女は背後から歩みよると、礼拝の儀式のときのようなかっこうで、両の手のひらを外へむけた。それからまた素早くうしろに退った。かるく彼の身体に触れたらしく、声にならぬ声のようなものが、彼女の口から洩れた。それは説明と呪詛と贖罪とをひとつに合わせたような響きだった。

 「殺し」の場面なのに、その殺しの瞬間を直接描写しない、というのはアイリッシュがよく使うテクニック。

 

 このブラックものは、このあと『黒いカーテン』『黒いアリバイ』『黒い天使』『喪服のランデヴー』とつながっていく。

『喪服のランデヴー』は、『黒衣の花嫁』と物語の骨格は同じ。ただ、『喪服のランデヴー』のほうがずっと洗練されているし、話の展開もスムーズでうまい。物語の導入も円熟味のうまさを感じる。アイリッシュの長編では一番の出来と言っていいかもしれない。

 ただ、この『喪服のランデヴー』にも、アイリッシュならではのガバガバ設定があり、それはそれで楽しめる(日付変更線についての勘違い)。