つやだしのレモン

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アーシュラ・K・ル=グウィン『ファンタジーと言葉』(岩波現代文庫、2015年)

ファンタジーと言葉 (岩波現代文庫)

ファンタジーと言葉 (岩波現代文庫)

○メモ

  • ル=グウィンの新刊ということで発売時に即購入、そのまま本棚に眠らせていたが、この間やっと取り出して読み始めると、これが驚くほど面白い。ル=グウィンはエッセイストとしても超一流だった。
  • 例えば、「わたしの愛した図書館」というエッセイ。

でも、だれも読んだことのないような、分厚いダンセイニ卿の伝記を、わたしが聖遺物のように捧げもって貸し出しコーナーに行った時の司書の人の顔はよく覚えています。それは何年も何年も後で、シアトル空港の税関の検査官がわたしのスーツケースを開けて、スティルトン・チーズを発見した時の表情にそっくりでした。そのチーズはちゃんとした一個まるまるの形ではなく、ぐちゃぐちゃの、かびにおおわれたチーズの皮というか、強烈な臭いを放つ食べ残しで、バークシャーに住んでいる友だちのバーバラが、賢明とは言えないながら、温かい気持ちからわたしの夫にと託したお土産だったのです。検査官は「いったいこれは何ですか?」と言いました。
 「ええと、イギリスのチーズです」とわたしは答えました。
 検査官は背の高い、アフリカ系の男性で、よく響く低い声をしていました。その人はスーツケースをぴしゃりと閉めると、「お持ちになりたいのなら、お持ちになって結構です」と言ったのです。
 司書の人も、わたしにダンセイニ卿の本を持たせてくれました。

 図書館には「だれも読んだことがないような」本がたしかにあって、そういう本を手に取って開いてみるときの感覚は、誰も踏み入れたことのない場所に今まさに足を踏み出そうとしている昂揚ともいうべき、無類の感動に満ちている。これはまさに、まだ視野の狭い子どもが、図書館という広大な空間で味わえる特権的な感動で、大人になるとこの感覚はもう味わえない。

  • 続いて、「語ることは耳傾けること」より。

 研究者たちは、自閉症のうちのあるものは同調困難――反応が遅れ、リズムをつかむことができないこと――と関連しているかもしれないと考えている。わたしたちは話しながら当然自分の言葉に耳を傾けていて、拍動を見つけられないと、話すのは非常に難しい。このことは自閉症の人の沈黙を説明するのに役立つかもしれない。話し手のリズムと同調できなければ、わたしたちはその人の言っていることを理解できないのだ。このことで自閉症の人の怒りと孤独が説明できるかもしれない。

 SFやファンタジーというジャンルが魅力的なのは、このような、現実の不可解な出来事や不条理に対して、論理を超越した(だが妙に説得力のある)仮説を打ち立ててくれるからだろう。だからこそのフィクションなのだし、嘘が嘘であることの理由はそこにあるのだろう。

  • 最後に、「自問されることのない思いこみ」から。問われることなく自明なものとして受容される5つの思いこみをル=グウィンは挙げる。

1 わたしたちはみな男である
2 わたしたちはみな白人である
3 わたしたちはみな異性愛者である
4 わたしたちはみなキリスト教徒である
5 わたしたちはみな若い