つやだしのレモン

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Hobbit

J.R.R.Tolkien “The Hobbit”


○あらすじ
 邦訳名ホビットの冒険ビルボ・バギンズが13人のドワーフと一緒に財宝を探す旅に出るという古典的冒険譚。全19章。時系列で言えば『指輪物語』の前のお話で、どちらかといえば子供向けの作品。とはいうものの、『指輪物語』が大作を志向した結果やや冗長なのに比べて、『ホビット』は短くスッキリとまとまって読みやすい。英語は分かりやすく丁寧ですが、たびたび出てくるポエムには苦戦しました。アラン・リーの挿絵は美しく、ストーリー理解に一役買います。

○ファンタジー聖典
 『ホビット』と『指輪物語』はまさにファンタジー聖典で、以後の同ジャンルの小説はすべからくトールキンの影響を受けています。森に住む優雅で知略に長けたエルフと、山に住み粗野で頑固なドワーフという対比はもちろんのこと、彼らに敵対するゴブリン・オーク・トロールといったモンスター群を明確に定義・整備したのはこの小説ではないでしょうか。個々のキャラクターの魅力も素晴らしく、とりわけ魔術師ガンダルフの人気はファンタジー界No.1。ジョブが選択できるゲームで思わず「魔術師」を選択してしまうのは8割方ガンダルフ御大の影響に違いなく、颯爽と登場して主人公一行を危機から救い、すぐに立ち去っていく姿には誰しも感動したに違いありません。

○ひたすらに美しく、ひたすらに醜く
 トールキンのエルフに対する陶酔は驚くほどです。すらりとした身体に優雅な身のこなし、永遠に近い生命と豊富な知識を備え、彼らが喋る言葉は自然と美しさをまとい、奏でる音楽は聴く者の心を癒す。まるで欠点が見当たらず、現人神かのような扱いです。まるでギリシャ神話の悪戯な神々かのように、彼らはただひたすらに美しい存在として現れます。
 一方、主人公たちの「敵」として登場するトロール・ゴブリン・狼・巨大蜘蛛などはまさにゴキブリ扱いです。彼らの心情や思惑はほとんど描写されることなく、ただひたすらに醜い存在として判を押され、最終的には敗北することが運命づけられています。彼らは主人公たちを見た途端に襲い掛かり、野蛮で暴力的な言動を繰り返します。言わば心をもたない動物であり、醜さに特化した機械です。
 また、「血筋」の重要性も見逃せません。「鳶は鷹を生まない」という冷徹な事実を突きつけて来るのがこの物語です。ストーリーを導くのは総じて優れた血筋を持つ者たちで、名前の後に自らの家系を名乗るのが当たり前の世界です。主従関係は絶対的で、主人はつねに主人であり、家来はいくら生まれ変わっても家来になるのみ。『指輪物語』では特にその傾向が顕著だったように思います。
 ある種、崇高なほどの勧善懲悪封建制トールキンが創造したファンタジーの世界観は、今になって読み返すと随分と極端なものに見えました。