Star Songs of an Old Primate
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 『老いたる霊長類の星への賛歌』 (ハヤカワSF文庫)
○あらすじ
ティプトリーの第3短編集。収録されている短編は以下の7つ。
「汝が半数染色体の心」
「エトセトラ、エトセトラ」
「煙は永遠にたちのぼって」
「一瞬のいのちの味わい」
「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」
「ネズミに残酷なことのできない心理学者」
「すべてのひとふたたび生まるるを待つ」
このうち、「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」がネビュラ賞・ヒューゴー賞を受賞。
後期ティプトリー作品の特徴である「ジェンダー」の色合いが強い短編集です。
以下ネタバレ注意。
○人はなぜ宇宙を目指すのか
佳作ぞろいの短編集ですが、とりわけ「一瞬のいのちの味わい」が印象深いです。「人はなぜ宇宙を目指すのか」という問いに対して、ティプトリーらしい冷徹な答えをつきつける名作です。
「人間は精子であり、遠い宇宙の彼方にある卵子に辿りつくことを目指して旅を続ける」。宇宙の星々へと撒き散らされた「精子」の一つが私たち人間で、宇宙の彼方の星にある卵子に辿りついて受精したいという本能を秘めている。人間のオスとメスによって行われる生殖行為と同じシステムが、宇宙という大きなスケールのもとで行われていたわけです。辺境の星で発見された、奇妙な光を発する巨大な植物が「卵子」で、人間はその卵子を前にすると理性を失い、陶酔と高揚に包まれて「死」に至ります。植物が発する光に我を忘れて群がる人間たちの不気味さと異様さ。「人間は宇宙をさまよう精子にすぎない」というシニカルな発想には言葉を失います。
○人間の通俗性はこれからも変わることはない
「汝が半数染色体の心」は宇宙のとある星での染色体にまるわる争いがテーマ、「煙は永遠にたちのぼって」では死の間際の一瞬に時間を超越して漂う少年を描き、「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」では男性が絶滅した未来の地球が舞台です。これらの作品に通底するのは、「ジェンダーへの意識」「無意識の欲望」「人間の俗っぽさ」など。特に、短編の所々で出てくる「人間の俗っぽさ」の描写には感心させられるとともに、自分の嫌な部分を見せられて背筋がゾクっとします。いくら科学が進歩して文化が成熟しても、人間の根幹のところは変わらないんだなということを痛感させられます。