つやだしのレモン

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トータル・リコール

 フィリップ・K・ディック トータル・リコール(ハヤカワ文庫SF)


○概要

 映画トータル・リコールの公開に合わせて出版されたPKDの短編集。収録されているのは以下の10作。

 「トータル・リコール
 「出口はどこかへの入り口」
 「地球防衛軍
 「訪問者」
 「世界をわが手に」
 「ミスター・スペースシップ」
 「非(ナル)O」
 「フード・メーカー」

 「吊されたよそ者」
 「マイノリティ・リポート

 このうち、太字の3作は短編集初収録作品。「ミスター・スペースシップ」は本邦初翻訳だそうです。また、「吊されたよそ者」はかつて「ハンギング・ストレンジャー」というタイトルで邦訳されていた作品の新訳版。


○玉石混淆の珍短編集

 トータル・リコールマイノリティ・リポートは言わずと知れた傑作SF短編ですが、それ以外にも「出口はどこかへの入り口」「世界をわが手に」「吊されたよそ者」といった佳作群が揃っています。「吊されたよそ者」は旧訳が拙い出来だっただけに、新訳で読めるのは有難い。

 一方、短編集初収録の作品3つはイマイチな出来栄え。特に「ミスター・スペースシップ」「非(ナル)O」のテキトーっぷりには笑ってしまいます。「マイノリティ・リポート」の緻密な構成と比べると、「本当に同じ作家が書いたのか」と思ってしまうほどの酷さ。

 フィリップ・K・ディックに駄作は付き物とは言いますが、それが耐えられるのは長編までで、短編の凡作は読むのが辛い。「短編を作るにはアイディアが必要だが、長編は作家のスタイルで書けてしまう」とディックはおっしゃっておりますが、なるほどその通りで、アイディアが凡庸な短編はそのまま凡作になりやすい。これが長編であれば、登場人物のディティールや作者独特のストーリー回しによって、「駄作だが凡作ではない」くらいには魅力的な小説になります。ディックで言えば『ザップ・ガン』とか『死の迷路』とか『ライズ民間警察機構』とか。
 長編では、物語の内容が凡庸でも、「長編だから長い時間をかけて読み進めていく」ことによって作品の世界観や奥行きが自然と出てくるので、細かなガジェットや登場人物のちょっとしたセリフで楽しい想像に耽ることができてしまいます。一方、短編はアイディアで読者を惹きつけなくてはいけないから、必然的にキャラクターの造形は疎かになりがちで、そうなるとそのアイディアのオリジナリティで勝負するしかなく、その結果「ミスター・スペースシップ」や「非O」が出来上がります。

 映画の公開に合わせて編まれた短編集ということで、中身よりも話題ありきなんでしょうが、これほど玉石混淆の短編集も珍しいのではないでしょうか。これと同じく映画と合わせて出された『アジャストメント』というディックの短編集はなかなか秀逸な作品が揃っていただけに、少し惜しい気がします。編者の大森氏はさぞ苦労されたことでしょう。