つやだしのレモン

読んだもの、見たものの感想を書く場所。

District 9

 第9地区 (ニール・ブロムカンプ監督、2009年)


○概要

 評判が良いのでTSUTAYAで借りて観ました。「低予算映画」と聞きましたが、それでも制作費は3千万ドル。主演俳優の演技が素晴らしく魅入ってしまいました。

 「地球に到来したエイリアンが、難民となって人間に支配される」という斬新な設定が素晴らしい。エイリアン映画といえば、「宇宙へ進出した人間が未知の生物に遭遇する」か「侵略目的でエイリアンが地球に侵入する」の2パターンばかりの中で、その中間をいく新たな世界観を作り上げたのにまず感服です。



○主人公の小市民性に共感する映画

 海外の小説や映画に触れて思うのは、主人公が決して善人ではなく、むしろ俗物であるということです。これはある種、スーパーマンスパイダーマンのような「ヒーロー系」に対するアンチテーゼの意味合いがあるのは勿論のこと、単純な善悪では括りきれないような複雑なテーマを扱っていることも影響しているんでしょう。

 小説や映画の主人公にはついつい「英雄性」を求めてしまいがちです。それがない主人公には「感情移入できない」、だから「面白くない」といって斬り捨ててしまうことが多い。
 でも、よくよく考えてみると、私なんてどうしようもないほどの小市民で、善悪のバロメーターで言えば「やや悪い」ぐらいに位置するようなズル賢い人間です。そんな奴が「英雄」に憧れて感情移入するなんておこがましい。自分が理解できていない。「英雄」とか「善人」に感情移入するのは、子ども時代からの習慣で身についてしまっていますが、実際のところ、私は本当に彼らに共感できるのか? 悪を滅ぼし、弱者を救うような正義漢が現実にいたとして、そういう人に憧れるのか? と考えていくと、むしろ、小市民的で情けない主人公のほうがよっぽど自分に合っている、等身大の自分を映しているんだと分かります。

 この映画、前半はただひたすらに主人公の「小市民性」が強調されます。エイリアンの強制移住の責任者として立ち振る舞うヴィカスは小役人風情で周囲に愛想を振りまき、上役に媚びへつらい、弱者であるエイリアンには居丈高に振る舞う。私はそういう「一般的サラリーマン像」からはみ出さない、「長いものにはとりあえず巻かれとく」主人公の姿に共感します。さらに、謎の液体を浴びたことでエイリアン化し始めて組織から指名手配される立場になった後でも、常に「自分本位」で考える主人公に感動です。自分の体がエイリアンのそれになり始めていることに絶望するけど、でも死のうとはちっとも思わないし、なんとか生き延びて人間の身体を回復しようと奮闘する、そういう「人間らしさ」のよく出た人物設計に感服しました。

 突飛な設定のSF映画ですが、こういう人間ドラマとしての側面が面白かったです。主役の俳優の演技がとにかく見事でした。