つやだしのレモン

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The City & The City

チャイナ・ミエヴィル 『都市と都市』 (早川書房


○印象・感想

 グレッグ・イーガンと並んで現代SFの中心的な作家ミエヴィルの代表作。ヒューゴー賞ローカス賞やクラーク賞、さらにはイギリスSF協会賞までとっています。SFでもありミステリでもありファンタジーでもある、そんな不思議な味わいの小説です。



○完璧な舞台設定なだけに

 2つの都市が同じ場所を共有して存在している、しかも互いの存在は知りすぎるほどに知っていて、「見ないフリをしている」。この設定自体は完璧で、小説としてのリアリティと非日常性とが絶妙のバランスを保っています。

 しかし、物語の冒頭でグッと惹きつけられたものの、それが最後まで続くような小説ではありませんでした。物語自体はごくごく普通のミステリで、それを奇抜な舞台設定の上で演じるのがこの小説のキモなのでしょうが、いかんせん登場人物に魅力がなく、夢中になって読んでしまうほどには没入できませんでした。作者はハードボイルドを意識して執筆したそうですが、これをハードボイルドというのはあまりに中途半端な内容です。ハードボイルドは人物の言動の描写を通じてその性格をにじませるのが醍醐味なのに、この小説には登場人物の人間性を特徴付けるような言動はほとんど見当たりませんでした。ボルル・マハリア・コルヴィ・ダット・アシルといった主要な登場人物すべてが定型的で平凡でした。淡々と事実を羅列していく、という意味では、作者が尊敬するフランツ・カフカを意識しているのでしょうか。

 SFというジャンル自体がアイディア重視なので、人物描写は疎かになる傾向はあるようです。しかし、海外の文壇では、人物造形に工夫のない小説はなかなか賞を取りづらい、という印象があったのですが、この小説の煌びやかな受賞歴を見る限りでは、その傾向も変わりつつあるのでしょう。



○印象に残った箇所

ドローディンは小さな窓に近づいて外をながめ、私たちを振り返った。街の輪郭線を背景にして。

〈ブリーチ〉はたちまちやってきた。形、人影、おそらく一部はずっとそこにいたのだろうが、彼らは事故現場の煙のはざまに見える空間と合体しているかのようでもあり、動きがあまりにも速くてはっきり見えず、絶対的な権威と力を携え、侵入の起きた領域をまたたく間に制御して封じ込めてしまった。

「一緒に組んでるのは、どんな人ですか?」コルヴィが聞いた。「ウル・コーマの私は」
「実は私が彼のきみらしい」うまい表現ではないが、彼女は笑ってくれた。