The Innocence of Father Brown
G・K・チェスタトン 『ブラウン神父の童心』 (創元推理文庫)
○印象と感想
〈ブラウン神父〉シリーズの第1短編集。初めて読んだときの衝撃は今でも忘れません。ミステリとしての緻密な設計、簡潔な描写、駆使される巧みなレトリック。「洗練されている」という言葉がピッタリの古典ミステリです。収録されている12の短編が全て高い完成度をもち、何度読んでも色褪せません。ミステリの古典を読みたい人には必読の一冊でしょう。
以下、ネタバレ注意!
○覚え書き
- 「青い十字架」
シリーズの嚆矢を務める名作。主人公のブラウン神父のほかに、キーパーソンである大泥棒フランボウが早速登場します。パリ警察主任のヴァランタンが探偵役としてフランボウを追跡するというのが大筋。フランボウ荒野で神父とフランボウが対話する場面がオシャレです。ラストで神父が口にする「驢馬の口笛」や「口笛吹き」や「あしぐろ」といったフレーズが意味不明。おそらく、チェスタトンが創作した裏社会の隠語なのでしょう。
- 「秘密の庭」
「一人二役」トリック。「青い十字架」で探偵役を務めたヴァランタンが、この作品では殺人犯に。チェスタトンのひねくれた性格が如実に表れた一編でしょう。トリックは複雑で、「なるほど」と思わせる部分もあるものの、「本当に実現できるのか」という点では疑問です。
この眼を閉じた自殺者の顔には、カルタゴ必滅をさけんだ勇将カトーの誇りがにじみ出ていた。
- 「奇妙な足音」
「一人二役」トリックその2。なかなか奇抜なトリックで唸ります。フランボウが殺人と盗みを働く犯人として登場。貴族に対する皮肉も利いていて、お気に入りの一編です。
- 「飛ぶ星」
「人物入れ替わり」トリック。フランボウの最後の犯罪。華麗で芸術的なトリックです。
- 「見えない男」
マンション内で殺人が起こったが、犯人の跡は見当たらない。だが実は、郵便局員として出入りしていた男が犯人で、目撃者は無意識のうちに彼を容疑者から除外してしまっていた……というトリックはたいへん有名です。ただ気になるのは、「奇妙な足音」で殺人を犯しているフランボウが、そのあと更正して探偵業を始めていること。殺人の刑期は勤めたんでしょうかねえ……?
- 「イズレイル・ガウの誉れ」
スコットランドの郷愁を誘う風景が頭に浮かびます。ミステリアスな雰囲気が実に心地よく、グレンガイル城を背後に、暗闇の中をランタンをもってさまようイズレイル・ガウの姿が頭に浮かびます。
- 「狂った形」
インチキ臭いインド人が出てきます。コウルリッジという詩人が闇を表現して言った「ひとまたぎに夜が来る」というフレーズの引用に痺れます。シンプルなトリックですが、謎を解明するまでの過程が上品です。
- 「サラディン公の罪」
「人物入れ替わり」トリックその2。「イズレイル・ガウ」と設定・雰囲気が似ています。サラディン公の狡猾さにゾクリ。ブラウン神父に比肩するほどの賢さを魅せているのは、シリーズ中でこの人だけではないでしょうか。
- 「神の鉄槌」
重力を利用したトリック。「塔の上から正確に被害者に当てるのはムリだろ」と思いますが、それを言うのは野暮というものです。
- 「アポロの眼」
太陽を崇拝するインチキ宗教。肉眼で太陽を見つめる修行って何ですかソレ。盲目が遺伝する家系、っていうのもスゴイ。「大きいほうの犯罪の計画者は、小さな犯罪の計画者にまんまとしてやられた」。
- 「折れた剣」
短編ミステリ史上最も優れた作品(もちろん個人的意見)。物語の雰囲気、謎の奥深さ、その解明の仕方など、全ての点が完璧な傑作です。
「賢い人はどこに樹の葉を隠すか? 森のなかだろう。だが、森がなかった場合にはどうするかな?」
- 「三つの兇器」
「被害者の自殺」という皮肉な真相。自殺狂という設定は当時は今読んでも斬新です。
○お気に入り
トリックの点で優れているのは「奇妙な足音」「見えない男」「神の鉄槌」ですかね。
純粋に小説として好きなのは「秘密の庭」「イズレイル・ガウの誉れ」「サラディン公の罪」「アポロの眼」「折れた剣」です。特に「折れた剣」はお気に入り。短編ミステリでは最高の作品ではないでしょうか。