The Wisdom of Father Brown
G・K・チェスタトン 『ブラウン神父の知恵』 (創元推理文庫)
○印象と感想
〈ブラウン神父〉シリーズの第2短編集。第1作の『童心』同様、逆説とユーモアに満ちた短編ミステリ集です。収められているのはどれも数十ページの短編ですが、その一つ一つの味付けは濃密です。単なる情景描写と思われたものでも、結末では意外な重要性を帯びて立ち表れてくる、そんな奇抜な設計の短編が12編収録されています。
以下、ネタバレ注意!
○覚え書き
- 「グラス氏の失踪」
「要素」を見て「全体」を見ない犯罪学者を痛烈に皮肉るブラウン神父。あるいは、世事から離れて形而上に生きる学者への批判でしょうか。
- 「泥棒天国」
山賊が出てきます。ラストのエッツァ・モンタノのセリフが印象的です。
「おれは新しいものを心から信じているんだ。それをおれが信じていないとしたら、おれはなにも信じちゃいないことになる」
- 「ヒルシュ博士の決闘」
「一人二役」トリック。モーリス・ブラン氏、という登場人物の名前は、ルパンシリーズの作者のモーリス・ルブランのもじり?
- 「通路の人影」
パーキンソン老人と大女優ロームが夫婦である、という衝撃の事実と、ラストの神父の逆説的なセリフ「わたしが平生あまり鏡をながめないせいかもしれません」。普段から鏡をよく眺めるような人ほど、通路の鏡に映った自分の姿に気づきそうなものですが、このセリフはそれとは逆です。鏡を見て容姿に気を遣う人であればあるほど、自分を客観的に見る意識を失ってしまっているという警句でしょうか。
- 「器械のあやまち」
「人物入れ替わり」トリック。器械は間違いを犯すことはない。しかし、器械を動かす器械はときに過つ。
- 「シーザーの頭」
「一人二役」トリックその2。
- 「紫の鬘」
「人物入れ替わり」トリックその2。新聞記者エドワード・ナット氏のクセが面白い。
- 「ペンドラゴン一族の滅亡」
霧に覆われた孤島を舞台に、伝説にまみれたペンドラゴン一族内のドロドロを描きます。雰囲気が抜群によく、「水難事故を起こすためにわざわざ自宅を放火する」という狂った発想が素敵です。
- 「銅鑼の神」
人殺しをするなら、相手と自分の二人きりの時ではなくて、群集が集まっている時を狙うべきだ。
- 「クレイ大佐のサラダ」
銃声のあとに、くしゃみをする音が6回聞こえた。こんな不思議な事件を見事に論理へとまとめ上げるのはさすが。ユーモア溢れる一品です。「銃で撃つときに相手の顔を見るだろ」とか「くしゃみの声で犯人は分かるだろ」といった疑問は野暮です。インドでクレイ大佐が遭遇した猿神の話の不気味さ。
- 「ジョン・ブルノワの珍犯罪」
「一人二役」トリックその3。「天変地異説」とかいう、どう考えてもバカバカしい学説がもっともらしい評価を受けているのに笑います。
- 「ブラウン神父のお伽噺」
「折れた剣」と同様、空想歴史考証ミステリ。ラストのブラウン神父のセリフが神秘的です。パウル・アルンホルトを「裏切りを二度かさねた者」と言っているのが謎。一度目の裏切りは明らかですが、二度目の裏切りとは何でしょう? オットー公が訪ねた隠者は、実はハインリッヒではなくて、パウルの変装だったのでしょうか。だとしたらこれも「一人二役」トリックです。
○お気に入り
全体的に「人物入れ替わり」「一人二役」系のトリックが多いです。読み進めるうちに「またこれかよ!」と思ってしまいました。それでも決して陳腐にならないのはチェスタトンの筆力ですね。
個人的に気に入ったのは「器械のあやまち」「ペンドラゴン一族の滅亡」「ジョン・ブルノワの珍犯罪」「クレイ大佐のサラダ」「ブラウン神父のお伽噺」の5つ。