つやだしのレモン

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Rendezvous in Black

 Cornell Woolrich 『Rendezvous in Black』 (Modern Library)


○印象・感想

 邦題『喪服のランデブー』。作者はコーネル・ウールリッチ。日本ではウィリアム・アイリッシュという筆名のほうが有名ですね。『幻の女』の作者でお馴染みです。しばしば「都会派サスペンス」と形容されるような作風の作家で、都会の喧騒の中に生きる若者の孤独を綴った作品が多いです。

 この"Rendezvous in Black"、読むのは2回目です。冒頭の男女の邂逅シーンが印象に残っていたので再読しました。アイリッシュは作品冒頭の「つかみ」がとても上手で、そこで忽ち心を鷲掴みにして魅惑の小説世界へと連れ去ってくれます。


 毎夜8時に、街のドラッグストアの前で、一組の男女は待ち合わせをする。二人は未来を誓い合う仲で、毎晩同じ時間に同じ場所で顔を合わせていた。数週間前、男の父親は彼に相当な遺産を残してこの世を去り、男は俄かに結婚資金をもつ身となった。6月に結婚することを約束した二人は、またいつものように街の片隅で互いを待つ。

 しかし、今夜に限っては約束の時間になっても彼女は現れない。通りの向こうで人だかりが出来ているのに気づいた男は、不吉な予感とともにそこへ駆け寄る。人ごみを掻き分けて眼にしたのは、頭から血を流して無残に横たわる彼女の姿だった。遺体のそばには粉々に割れたビール瓶。空を見上げると、小さな自家用飛行機が視野の外へと飛び去っていくのが見えた。

 男はそれでも彼女を待った。毎夜8時、ドラッグストアの前で。次の日もその次の日も。まるで亡霊のように街角に立ちつくした。だが彼女が現れることはない。そして男は姿を消した。彼女の死に報いるために。飛行機からビール瓶を投げ捨てた人間に罪を償わせるために。二人の最後の待ち合わせは5月31日の夜8時だった。


 なんともロマンチックなオープニングです。それでいて陳腐にはならないギリギリのラインに上手く話を乗せています。こういう詩情豊かなミステリを書かせたら右に出る者はいませんね。







 以下、ネタバレ注意。







○ミステリとして致命的なミス

 佐野洋氏を始めとして数多くの読者が指摘しているように、この小説には致命的なミスがあります。「第4のランデブー」で、客船で太平洋へと逃げ出した2人が復讐魔の手に落ちますが、そこで使われるトリックは「日付変更線」。大まかな内容としては「復讐魔は毎年の5月31日に殺人を犯している → その日は客船で海に逃げておけば安全 → 5月31日は何もなかった、助かった!わーい!乾杯だ!ドンチャン騒ぎだ! → 日付変更線を超えたので一日戻り5月31日に → 油断してたので殺されちゃった」。こうやって文章にするとアホみたいですが、でもだいたいこんな感じです。

 このトリック、「日付変更線」について大きな勘違いをしています。日付変更線は、西から東へとまたぐ場合には日付を一日「戻す」のですが、東から西へまたぐ場合はその逆で、一日「加え」ます。この小説では、船はアメリカを出港してアジアへ向かっているので、日付変更線は東から西へとまたいでいます。つまり、日付は一日「加える」ことになります。したがって、6月1日に変更線をまたいだ場合、日付は6月2日になるのであって、5月31日にはなりません。

 アイリッシュは壮大な勘違いをしているのですが、それはご愛嬌です。この小説はトリックを楽しむのではなくて、魅力的な登場人物の立ち居振る舞いや、作品全体を覆う独特の雰囲気を味わうのが本当でしょう。なので、トリックにミスがあるからといって邦訳を絶版にするのはいかがなものかと思います。

 アイリッシュの代表作の一つとしてあげても良い作品だと思うので、邦訳の再販を願っています。電子書籍版でもいいので、是非。