つやだしのレモン

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Ficciones

 ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『伝奇集』 (岩波文庫


○印象と感想

 1960年代に世界的なラテンアメリカ文学ブームがありました。その人気を牽引したのはガルシア=マルケスバルガス=リョサでしょうが、ラテンアメリカ文学の基礎を築いたのはこのボルヘスでしょう。

 この『伝奇集』ボルヘスの代表作です。この本は『八岐の園』『工匠集』という2つの短編集の合本となっています。『八岐の園』は9編、『工匠集』は10編の短編を収録。簡潔かつ詩的な描写が心に響く名作揃いです。




○覚え書き

  • 「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」

 「架空世界の創造」についてのお話。一人の天才が架空の世界にまつわる百科事典を制作し、それを世界の片隅にひっそりと置いておきます。その百科事典を発見した後代の人間たちは、存在しない架空世界に染められていく。ラストで、その架空世界が「フレニール」として現実に「侵入」してくるという部分が印象に残ります。

 すべての時間はすでに経過しており、われわれの生は、ある回復不可能な過程の、おそらく欺瞞にみちた不完全な記憶、あるいは淡い余映である……

 セルバンテスが17世紀初頭に執筆したドン・キホーテを、ピエール・メナールは文字一つ変えることなく新たに創造する。時代背景が異なればテキストの読みも変わる、ということを極端な形で示した作品。

 世界なんて「くじ」みたいなもの。善良な人が若くして死に、悪人がダラダラと生き延びるのも、「くじ」という過去の慣習の残滓である、というシニカルな世界観。

  • 「バベルの図書館」

 ランダムな文字列で記された書物が無限数保存されている図書館の話。文字はランダムなので、意味をなさない書物が大半ですが、中には一冊全てが意味の通る文章で構成されている本もあり、そしてその本の中には「世界の真実」を記した書物もあります。図書館をさまよう人々は、究極の偶然が生んだ「世界真理」の本を求めて図書館の中を放浪する、しかし図書館には終わりがない……。これもまた無常な世界です。




○お気に入り

 ボルヘスの作品には「運」の要素を強く感じます。人間は「運」に支配されている、という世界観が反映された作品が多いです。「バビロニアのくじ」とか「バベルの図書館」とか。

 個人的なお気に入りは「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」「バベルの図書館」。この2つには唸りました。何度も読み返したくなる作品です。