理性の限界
高橋昌一郎 『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』 (講談社現代新書)
○印象と感想
多人数のディスカッション形式で「理性の限界」について語った本。なかなか面白い。ここで言われている「理性」は具体的には「選択」や「科学」や「知識」といった、我々の生活に密着した内容を指しています。カントの言う「純粋理性」や「実践理性」とは異なるので注意です。
ディスカッション形式なので「分かりやすさ」は段違いです。かといって内容は決して薄いわけではなく、興味深い理論や主張がワンサカ溢れています。論理学の入門としては最適の一冊です。
○気になった箇所
個人においては成立している選好の推移律が、集団においては成立しない場合があること。
- アメリカ大統領選挙の矛盾
第43代アメリカ大統領選には、民主党のゴア候補と共和党のブッシュ候補が出馬し、ブッシュが勝利して大統領の座に就いた。しかし、有権者の得票数ではゴア候補のほうが約33万票上回っており、「勝者独占方式」という選挙システムがブッシュに勝利をもたらしていた。
- フランス政府の慣例
フランスでは大統領が首相を任命するが、議会の多数派が反体政党の場合、大統領は反対政党の党首を首相に任命せざるをえない状況に陥る。
ウォーターゲート事件の重要容疑者2人の取調べは、「囚人のジレンマ」を利用して行われ、その結果みごとに自白を引き出すことができた。
- 反復可能な囚人のジレンマゲームでは「しっぺ返し戦略」が有効
コンピュータのシミュレーションによれば、反復可能な囚人のジレンマゲームにおいては「TFTプログラム」が有効らしい。このプログラムは、初回は「協調」を選び、そのあとは前回の相手と同じ選択を行う、というもの。相手も協調すればwin-winで、逆に相手が裏切ればすぐさま裏切り返す「しっぺ返し戦略」が最良の結果を生んだ。
- キティ・ジェノヴィーズ事件
1964年のニューヨークで起きた通り魔事件、女性が男に襲われてアパートに逃げこんだが、そこの住人は20分以上にわたって誰も警察に連絡しなかったらしい。理由は「他の誰かが通報したと思ったから」とのこと。社会的チキンゲームが現実において起きた例である。
もし、ある時点での宇宙全体の全ての原子の位置と速度を認識できるような「悪魔」がいたら、その悪魔は今後の宇宙全体の動きの全てを計算できるだろう、という仮説。
電子の位置と運動量は、一通りに決定しているわけではなく、無数の可能性が共存しており、それが観測された段階で一つの状態に決定されること。グレッグ・イーガン『宇宙消失』はこのネタに基づいてますね。
数学の世界においても、証明できない命題が存在しうること。