つやだしのレモン

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THE TIME MACHINE

タイムマシン (光文社古典新訳文庫)

タイムマシン (光文社古典新訳文庫)

●作品メモ

  • SFの古典。「タイムマシン」というSF装置を文学に普及させた作品。
  • 池央耿さんの翻訳がきれい。豊富な語彙と崩れないリズム。
  • 評論家の「補説」とか「小伝」は不要。その代わりに別の短編を入れるべき。


ディストピア

 「補遺」で作者はこの小説を「若書き」と言っている。タイムマシンを「発明」した小説として有名だが、タイムマシンで主人公が訪れる未来世界の描写には既視感がある。スウィフトの『ガリバー旅行記』だ。

 フウイヌムとヤフーの二項対立は、『タイムマシン』だとイーロイとモーロックの対立へ変わる。イーロイは背丈が小さく可愛らしい。モーロックは闇に隠れる醜い種族で、眼球が大きく身体はいびつだ。イーロイ人は地上で仕事もせずに優雅に暮らし、一方でモーロック人は地下に潜み棲み、夜になると地上へ這い出してくる。モーロックは『指輪物語』でいうゴラムですね。

 けれども元々は、イーロイとモーロックは同じ人間で、長い時間を経る中で二つに分化していった。イーロイは貴族でモーロックたちを使役し、地下で働かせ、自分たちは何もせずに安寧に暮らしていた。その状態のままで何年も経つと、イーロイ人たちはフヌケとなって身体も縮み、知能が衰えて文明的に退化する。一方のモーロック人は地下生活が常態化したせいで眼球が肥大化するとともに光に脅えるようになり、栄養不足で身体は変形した。

 そして最大の悲劇は、食糧が不足したモーロック人たちが、カニバリズムへと走ったこと。太陽が姿を隠して夜が訪れるとき、モーロックたちは地上に這い出して食糧=イーロイ人を探すのだ。それが未来世界。シンプルなディストピア




 ●タイムトラヴェラーはいつも時の狭間に消える

 『タイムマシン』のラストは、時間旅行に旅立ったタイムトラヴェラーが、帰還せずに行ったっきりになって終わる。彼は時の狭間に消えたのだ……というやつだ。これは今でこそ「タイムマシンもの」の定番のオチだが、それはそもそもウェルズが最初にやっていたのですね。さすがSF界の大御所。あまたのベタの源でいらっしゃる。