つやだしのレモン

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輝く断片 Bright Segment

輝く断片 (河出文庫)

輝く断片 (河出文庫)

●作品メモ

  • マニアック。何とも言えない読後感。


●お品書き

  • 「取り替え子」

 スゴイ。何がスゴイって、「悪魔憑き」という突飛な設定があんまり生かされていないのがスゴイ。何だこの終わり方は。作家はどういう顔をしてこの短編を書いたのか。

  • 「ミドリザルとの情事」

 スゴイ。何がスゴイって、いきなり卑猥なのがスゴイ。とある仲良し夫婦が、チンピラ集団に袋叩きにされていた若者ルーリオを助けて、家で介抱する。幾日か世話をしているうちに、妻の方がルーリオのことを好きになってしまう。妻はなんとか踏み止まろうとするけれど、恋愛感情には逆らえずについに思いを伝えてしまう。
 でも実は、その若者は宇宙人だった。地球の女性とは恋愛ができないのだ。いやそもそも、彼はとんでもない巨根だったので、女性と行為に及ぶことさえできなかった。そのサイズたるや、直径が5.5インチ(14センチ)で長さが17インチ(43センチ)というのだからスゴイ。
 なぜだかこの作品がやけに印象に残っている。単なる恋愛譚なのかと思っていたら、とてつもない剛腕であらぬ方向へとぶん投げられた感じ。宇宙人でなおかつ巨根、というよく分からない設定が謎すぎて頭から離れない。

  • 「旅する巌」

 スゴイ。何がスゴイって、結末のいい加減さがスゴイ。キテレツな展開のわりに、とてもつまらない終わり方をする。なんとも尻すぼみな一編。
 ただ、セリフがいちいちカッコイイ。「そんな些細なことでいちいち突っかかってると、いざってときに弾切れになるぜ」みたいなセリフは輝いている。

  • 「君微笑めば」

 スゴイ。何がスゴイって、読者が予想した通りのオチが用意されているからスゴイ。といっても、この短編はオチに重点があるのではなくて、二人の対称的な男の対照的な語り方にスポットを当てている。

  • 「ニュースの時間です」

 スゴイ。何がスゴイって、主人公が失語症になった理由が意味不明すぎるのがスゴイ。テレビやラジオのニュースを欠かさずチェックした結果、人類の愚かしさにウンザリしてしまい、だから他人を理解するのをやめた、ということなのだろうけど、そもそもなんで彼は偏執的なまでにニュースに噛り付いていたんだ? そんなナイーブな性格ならそもそもニュースなんて見ようとしないと思うのだが。そこんところがよく分からない。

  • 「マエストロを殺せ」

 スゴイ。何がスゴイって、物語全体を覆う熱気がスゴイ。シャツの背中が汗でべっとりと貼りつくような蒸し暑さ。一人の人間を殺したという事実から逃れられずにもがき苦しむチビな男。その様を描く筆致が鬼気迫る勢いで圧倒される。
 でもなぜ主人公の一人称が「おいら」なのか。翻訳されたのは2005年だ。21世紀ですぜ旦那。このご時世に「おいら」はないでしょう。

  • 「ルウェリンの犯罪」

 スゴイ。何がスゴイって、翻訳がぎこちなさ過ぎてスゴイ。大森さんや伊藤さんの翻訳が巧みなので、この作品だけやけに浮いてしまっている。「マエストロを殺せ」は口調で誤魔化せたけど、これはとても読みづらい。

  • 「輝く断片」

 スゴイ。何がスゴイって、表題作なのにあんまり面白くないからスゴイ。美女と野獣を現代風にアレンジしたような筋書きで、主人公の「おれ、全部やる」みたいな話し方がとてもあざとい。この短編よりも、「ミドリザル」とか「マエストロ」の方がずっと出来が良いと思う。




●まとめ

 読み応えのある一冊。「ミドリザルとの情事」「マエストロを殺せ」が光っていた。今度は『不思議の一触れ』を読んでみよう。