つやだしのレモン

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カムイ伝 第二部

 白土三平カムイ伝 第2部』 全12巻 (小学館


○概要

 カムイ伝第一部の最後では、それまで物語の中で積み上げられてきた数々が一気に瓦解し、英雄たちは草葉の陰に隠れ、荒地に蒔かれた種は芽を出した途端に引き千切られました。この第二部では、その一度崩れ去った闘争の新規まき直しがテーマです。

 第一部の主人公であったカムイ、草加竜之進、正助の三人は登場しますが、主にストーリーを引っ張るのは竜之進です。主人公のはずのカムイはあんまり登場せず、第一部後半に輪をかけて影が薄くなっています。正助は「舌を抜かれたので喋れない」という設定のせいでかつての勢いがありません。この二人に代わって、宮城音弥アヤメといった新キャラクターたちが壮大な物語を彩っています。



階級闘争から権力闘争へ

 第一部のテーマは階級闘争でした。百姓の正助は生活の向上のために領主に反抗し、武士の竜之進は武士という地位を捨てることに至ります。そして、非人部落出身のカムイは身分を超越した実力を得るために忍びとなり、そのコミュニティ内部の愚かな束縛に抗うのでした。主人公の3人が3人とも自らの階級について葛藤し、その改善あるいは打破を目論んで行動を起こす点で共通点をもっています。その3者が時に交錯し時に離別していく様に、物語の雄大さ・スケールの大きさを感じたものです。

 これに対して、第二部では一転、「権力闘争」がメインテーマとなります。江戸幕府内部の権力を巡る権謀術数が生々しく描かれ、第4代将軍徳川家綱・老中松平信綱阿部忠秋酒井忠清堀田正俊といった実在の歴史上の人物が次々と登場し、リアリティを高めることに貢献しています。
 幕府の実権を巡っての対決の構図は、酒井忠清 vs その他の大老堀田正俊ら」で、酒井忠清は完全な「悪役」として描かれます。様々な陥穽を張り巡らせて他の権力者を追い落とそうと画策する酒井忠清に対して、堀田を中心とした「正義漢」グループが上手く対抗していく構図が基本。正義と悪という明白な二項対立がなされているという点では、かなり分かりやすい部類の物語だといえます。

 身分制度の撤廃を目的とした「階級闘争」というマクロな戦いが、幕府内部の「権力闘争」というミクロな戦いへとシフトしていった理由は何でしょうか。第一部では主人公たちの懸命の努力が結末において水の泡と消えました。江戸時代という封建制のまだ根強い時代においては、「小さなことを成し遂げるのに大きな犠牲が必要だった」のです。そのような時世に階級闘争が成功するわけもなく、主人公たちの敗北は当然の結果であるとも思えます。一つの物語としても、このような大規模な闘争が無残な失敗を迎えるという事実には冷厳なリアリティがありました。
 その反動として、第二部以降の物語では、江戸幕府という既存の構造を「外部から突き崩す」のではなく「内部から改革する」方向へと転換していきます。大きな戦いでの勝利が不可能であることを悟った主人公たちは、小さな戦いでの勝利を連続させるよう試みていきます。歴史上の出来事としてはほとんど残らないような些細な事件を事細かく描写していく第二部は、やや冗長のきらいこそあるものの、薄氷の上を渡るようなピリピリとした緊張感がありました。



○奔放に生きる動物たちに意味はあるのか

 自由奔放に生きる野生動物の描写が、第二部になってますます量を増します。とりわけ、日置城に住み着いた猿と、彼らを狙う野犬の熾烈な戦いは、『カムイ伝』第二部の重要な一コマ。

 しかし、私にはこの動物たちの描写の意図があまりよく掴めませんでした。猿のコミュニティ内部の構造や階級制度について詳細に語られ、ボス猿たちの血みどろの争いが微細な心理描写とともに語られるのですが、その部分と竜之進ら人間たちとの物語との繋がりはほとんどありません。動物たちには動物たちの、人間には人間の物語が別々に用意されている形になっています。したがって、『カムイ伝』第一部のような、細かな糸が寄り集まって大きな物語を作っていく爽快感は感じられません。
 いったい、猿と野犬たちとの争いの描写は何を伝えたいのでしょう。猿のタテ社会を人間たちの階級制度のメタファーとして用いているのであれば単純すぎます。第4位のボス猿であった「歯ッカケ」が苦難の末に序列一位へ登りつめる、という物語から、私たちは何を読み取ればいいのでしょうか。野犬の群れのボスが外来種の「グレートデーン」であることに意味があるのかないのかもよく分かりません。もしかすると、このあたりの描写は第三部へと至る大きな伏線なのかもしれませんが、第三部の執筆が絶望的な今、それは謎のままで終わってしまいそうです。もしかすると、単に白土三平さんが動物たちの生活を書いてみたかっただけだったりして。

 第二部を全体として読むと、一つの物語として先へ進んでいるように見えて、同じところをぐるぐると周回しているようにも感じられます。竜之進たちは精一杯前に進もうと努力しますが、悪役たちの暗躍がその歩みを押し返していくので、本当に成功は遅々としたものです。物語のテンポはスローになり、描写はより緻密に、絵柄は劇画らしい骨太な筆致。なによりも、第二部は消化不良な部分が多すぎます。第三部が読みたい。第三部が読みたい。どうしても第三部が読みたいのです。どうしても。なんとかならないものでしょうか。はあ。