つやだしのレモン

読んだもの、見たものの感想を書く場所。

SUGAR RIN

シュガー(1)

シュガー(1)

RIN(1) (ヤンマガKCスペシャル)

RIN(1) (ヤンマガKCスペシャル)

●作品メモ

  • ボクシング漫画。『シュガー』では16歳の石川凛(りん)が主人公。その続編の『RIN』では凛は19歳。
  • ボクシングとは、「天才の略奪行為 暴力的差別が許される競技」で、「凡人の夢も希望も努力・気迫・根性も 天才の前には全てが無意味になる」「天才の美しさを見せつけるスポーツ」。この声高な主張は最後まで一貫している。
  • 『RIN』はどうやら打ち切りらしい。『シュガー』は「ヤングマガジンアッパーズ」に連載されていたが、その雑誌が休刊になるのに合わせて終了。その後、週刊ヤングマガジンで続編『RIN』の連載が始まる。ということは、ヤンマガの読者の大半は前作の『シュガー』を知らないわけで、となると人気もつきにくい(もちろん、前作を知らない読者にも話が分かるように配慮されてはいるのだが)。連載が始まる段階からかなり苦しい状況だったのはなんとなく推測できる。ヤンマガで8話分の連載があったあと、「別冊ヤングマガジン」に「移籍」。そこで14話分の連載があって完結。ストーリーも含めて考えると、「打ち切り」だったんだと思う。


●どこを見ても奇人ばかり

 『シュガー』『RIN』も登場人物が濃厚だ。例えば玉置欣二。通称「火の玉欣二」は凛の憧れの人だが、今は贅肉が増え、髪の生え際が後退し、凛に金を借りるほど困窮している。そんな欣治と同棲しているのは「レイラ」という名前のニューハーフ。レイラは元ボクサーで、凛の才能をいち早く見抜き、彼に最初のレッスンを与える。ちなみに、凛から借金をした欣二は、その見返りとして、レイラに凛のモノをシャブらせるんだが、こんなシーンばっかり描いているから新井英樹は人気がないのだろう。

 主人公の凛は、新井漫画によく出てくる「捉えどころのない奴」で、頭が空っぽのように見えて時たま鋭い発言をする。ザ・ワールド・イズ・マインのモンや、『キーチ』のキーチと同様で、破天荒だが単なるバカではなく、正直だけれどひねくれている。

 凛の師匠である中尾ジムの会長は人格破綻者で、試合中の凛に向かって「負けろ 負けろ 死ね石川」と言う人。最高のキャラで、この人の一挙手一投足に笑ってしまう。




●物語は絶えず求められている

 石川凛は「物語」を求める聴衆を徹底的にこき下ろす。「謙虚がっ 見たけりゃ アイドルオーディションの優勝インタビューでも拝んどけ〜〜!!」「人柄見たけりゃボランティアにでも行って来い!!」「血汗涙は燃えないゴミの日に捨てちまえ!!」「リングに持ち込まれた『薄汚ねえ…余計なもんは壊してしまえ」とオレは言いたい」。19歳でチャンピオンになったボクサーが試合後に言うセリフがこれです。

 音楽を聴く時でも、テレビでスポーツを見る時でも、犯罪事件のニュースを読む時でも、私たちは絶えずそこに物語性を求めてしまう。素敵な曲を歌う背景には暗い過去があるとか、年間MVPをとるような選手は影で必死に努力をしているとか、凶悪犯罪に手を染めた男は幼少時代にトラウマ経験があったなど。

 そんな風に人の性格や背景を考えれば、その人について一応の「理解」はしたことになる。そうすると、その人を自分が「好き」なのか「嫌い」なのか、あるいは自分の「味方」なのか「敵なのか」が判断できる。「味方」ならばその人に感情移入できて楽しい。誰かに共感をした方がずっと楽しめるから。それにグッと臨場感が増す。

 そういう風に人を理解するための土壌は、メディアがちゃんと用意してくれる。ミュージシャンやスポーツ選手に物語を与えて、視聴者が感情移入するためののりしろを作ってくれるのだ。そうすればずっと分かりやすいし、つまらないものでも面白く味付けできる。

 ただ、そういう作業が嘘くさいことにもうすうす感づいているわけだが、『シュガー』『RIN』はそこをピンポイントに深くエグってくる。ボクサーに「物語」を求めるなんてバカらしい。選手は圧倒的な強さを見せつけて、観客はそれに酔えばよいのだ。物語性を求めることの危うさは、ザ・ワールド・イズ・マインでも『キーチ』でも繰り返し言われてきた。

 とはいえ、「物語を求めるな」と叫ぶ主人公そのものの「物語」はじっくりと描かれるわけだが。そこに不思議な矛盾があって、でもそんなことはどうでもよいくらいに面白いからいい。




●「同じ『世界チャンピオン』じゃあない」

 作品中で一番熱いのは『RIN』vs立石譲司戦。立石は「元極道の刺青消し王者」で、ヤクザ上がりの寡黙なボクサー。世間からは「地獄から這い上がり、今では更生した誠実なボクサー」というイメージの人気者。もちろん立石はそんな単純な人間ではなくて、その苦しみはこれでもかというぐらいに描かれるのだが、リングの上ではそんなことは関係ない。石川凛という天才ボクサーの天井知らずの才能にただただ圧倒されるだけだ。

 以下、石川凛がタイの王者を倒してチャンピオンになった夜、テレビ局のセット裏で凛と立石が二人で話をする場面。

石川
 「チャンピオンだし あんたならわかるよね?」

立石
 「なにが?」

石川
 「なにが…って オレとあんたじゃ格が違うってこと いや冷静に 全然マジで 一般ド素人の人気とか関係なくてね もう純粋にさ ボクシングだけの話だと圧倒的って わかるよね」
 「立石さんならわかるよね? あんたの先月の世界戦 観たよ!! まあ……録画で 途中まで!! で 観た上で言うけどさ どう比べたって同じ『世界チャンピオン』じゃあない!! プロの目で!! わかるっしょ?」

 漫画が好きなら、この場面を読んだだけでグッとくるはずだ。怖ろしいほどのヒール。ここまで露骨な言葉を吐ける主人公が他にいるのかと問いたい。

 ちなみに、今はAmazonKindleで『シュガー』の第1巻は無料で読めます。