つやだしのレモン

読んだもの、見たものの感想を書く場所。

ジョージ・オーウェル・川端康雄訳『動物農場 おとぎばなし』

動物農場―おとぎばなし (岩波文庫)

動物農場―おとぎばなし (岩波文庫)

●メモ

  • 解説にはソヴィエト批判のために書かれた本とある。『1984年』の元となった作品で、明白な共通点は多い。中でも、言葉の管理に対する批判意識は際立っている。
  • ブタは動物の中でも高い知能をもち、動物たちを指導する立場にある。当初、ブタたちは動物農場の経営を安定させるために計画を練り、他の動物たちに的確な指示を与え、動物農場は裕福とまではいかなくとも満足できる生活を実現していた。だが、ブタたち内部の対立が原因で、僭主独裁へと移行する。独裁者として君臨するナポレオンは粛清を開始し、豚以外の動物たちは奴隷のごとく使役されて命をすり減らしていく。

●独裁政治は衆愚政治

 「ソヴィエト神話の正体を暴く」ことを一つの目的として書かれた小説で、登場する動物たちは実在の人物になぞられられている。ナポレオンはスターリン、スノーボールはトロツキー、メージャー爺さんはレーニンという風に。当初は高い理想を掲げた政治家たちが、私利私欲を満たす快楽に溺れて権力の独占に腐心し、脅迫的な暴力による独裁制へ突き進んでいく、その様子が描かれていたことは解説に書いてある。ソ連を風刺するこの小説が、第2次世界大戦終結直後に出版されたということは驚くべきことである。

 ただ、今の視点からこの小説を読むと、「暴力に基づく独裁政治」を批判する本という単純な読み方よりも、「独裁政治の実現を許した国民たち」を批判する本だという読み方のほうに説得力を感じる。ナポレオンという貪欲な統治者に問題があるというよりも、そのようなナポレオンを独裁者としてのさばらせている他の動物たちの方に、より大きな問題を感じる。

 独裁政治が国民から熱狂的に支持されている場合がある。支配されている人間たちが、支配する人間たちの言葉によって惑わされている。いや、惑わされているという言い方は正確ではなくて、惑わされてしまうくらいに耐性をもっていない。最低限必要な知識を身につけ、政治の現場で何が行われているのかを知り、自分のスタンスを決めること。それが疎かにされれば、自分にとって気持ちのよいことばかり呟いてくれる人間の言葉を盲信し、それ以外の声を積極的に排除していく人々が生産される。独裁政治は衆愚政治でもある。

 だから、『動物農場』の中で糾弾されているのは、スノーボールやナポレオンなどの豚ばかりではない。文字の読み書きを覚えるチャンスがあったのに、そのチャンスを生かそうとしなかった動物たち、動物農場の七戒がいつの間にか書き換えられていることに違和感を覚えているのに、自ら声を上げようとしなかった動物たちにも注目しなければならない。むしろ、今この風刺小説を読むのであれば、そのように知ろうとしない人々を糾弾する小説として捉えることが、今の時代らしい読み方に見える。