つやだしのレモン

読んだもの、見たものの感想を書く場所。

L'Aiguille creuse

 モーリス・ルブラン 『奇岩城』 (新潮文庫


○印象・感想

 ルブランのアルセーヌ・ルパンシリーズの代表的な長編といえば、この『奇岩城』『813』です。
 
 私がルパンに始めて触れたのは小学3年生の時で、ポプラ社から南洋一郎氏の翻訳で出ていた全集を図書館で借りて読んでいました。この南洋一郎氏訳のルパン全集は、少年少女でも理解できるように原作を翻案したもので、小学生の私にもなんとか読める内容のものでした。私が通っていた図書館の児童書コーナーでは、ルパン全集は本棚のやや高いところにあって、背の低かった私は手を伸ばしても届かず、近くにいた大人や司書さんに取ってもらったのを覚えています。こんな風に書くと、いかにも昭和臭漂う話に聞こえてしまいますが、私が10歳のころなので、これでも21世紀に入ってからの話です。親からゲーム機を買ってもらえなかった私には、娯楽といえば図書館で借りる児童書くらいしかありませんでした。クラスメイトがポケモン遊戯王に興じたのに対し、私は家で体育座りをして児童書のページをめくっていたわけです。本がトモダチ。悲しく寂しい少年時代。

 最近、このポプラ社の全集は新版が出たようです。本屋で見かけた時にはあまりの懐かしさにじんわりと感動してしまいました。私が馴染んでいたのは1980年に完結した旧版のほうで、戦前の映画ポスターのようなイラストの表紙と、画用紙のように厚みのあるページの紙質、所々潰れて読みにくい活字など、おぼろげながら懐かしい思い出として頭の片隅に残っています。タイトルも、新潮文庫では『奇岩城』ですが、ポプラ社版は『奇巌城』



○スケールの大きな舞台設定の中を走り回る強烈なキャラクターたち

 スケールの大きな舞台設定、凄烈なイメージを喚起する描写、どいつもこいつもクセの強い登場人物、大仰なセリフ回しなどなど、ルパンの魅力は尽きません。少年少女の眼を輝かせるような要素しか見当たらない。小学生の私がドップリとルパンの世界に身を浸したのもむべなるかな。

 新潮文庫版の翻訳は堀口大學氏。フランス文学研究家で、ボードレール悪の華の翻訳などで有名です。訳文は流麗で読みやすい。1959年頃の翻訳なので、時代を感じてしまう部分も多々あるものの、それも含めて味わいというものです。

 今の私にとって、ルパンシリーズはノスタルジーなしには読めないものになりましたが、今の青少年に推薦する本をあげるとするならば、ルブランのルパンシリーズはリストの一番上に来るでしょう。

 以下、印象に残った一文抜粋。

 あるかないかのそよ風が、物体の表面を流れたり樹木のあらわで不動な枝葉の間を滑ったりしていたが、下草の若葉だけはそよがせていた。(p7)

 古いルイ十三世式のそれは屋根で、鋭く高く聳え立つ尖塔の回りには細い鐘楼が何本も花籠のような形に並んでいた。(p177)