今月読んだ本 2020年10月
- ・結城充考『躯体上の翼』
- ・桐野夏生『夜の谷を行く』
- ・帚木蓬生『閉鎖病棟』
- ・大森望(編)『ベストSF2020』
- ・ロス・マクドナルド『さむけ』
- ・リチャード・ニーリィ『殺人症候群』
- ・東田直樹『自閉症の僕が跳びはねる理由』
- ・オリヴァー・サックス『妻を帽子とまちがえた男』
- ・新井英樹『ザ・ワールド・イズ・ユアーズ』
- ・橘玲『幸福の資本論』
- ・手塚治虫『きりひと讃歌』
・結城充考『躯体上の翼』
世界観が精巧なSF。文章は禁欲的、でもアクションシーンは多い。
ただ最近思うのは、映像が過多な現代に、アクションを文章で読むことのしんどさ。文章が喚起するイメージの魅力、というのも分かるのだけれど、映像が持つ迫力と比べたときに、文章でのアクションには限界を感じてしまう。小説が描くべきものの範囲が以前に比べてかなり狭くなってきているというのは、どうしても思わざるをえない。
・桐野夏生『夜の谷を行く』
連合赤軍の山岳ベース事件に関わった女性の、そのあとの生き方の話。
過去に大きな罪を犯した人が、その罪をいつまで背負っていくのか。そういう、結論なんてでるわけのないことを巡って、ぐるぐると渦を描くように考え続けるような話。
・帚木蓬生『閉鎖病棟』
病棟で暮らす患者たちの様子のリアリティが素晴らしい。著者が精神科医だけあって、実際の患者の様子が伝わってくる。
小説としては勧善懲悪的な人情悲喜劇で、「山本周五郎賞受賞作」ってこういう作品だよなという感想。
・大森望(編)『ベストSF2020』
印象に残ったのは空木春宵「地獄を縫い取る」、陸秋槎「色のない緑」、飛浩隆「しづ子」の3つ。
収録作を見渡すと、SFというジャンルの枠内でそれぞれのマニアックさを見せつけるような作品が多い印象。私はSFはそこそこ読むけれどもマニアと言えるほどには読めていないので、そのマニアックさにはついていけなかった。だから上の3作のような、SFではあるけどジャンルの外に開かれている作品のほうが楽しめたし、作品としての完成度も高く見える。
・ロス・マクドナルド『さむけ』
私立探偵リュウ・アーチャーが主人公のミステリ。
事件の手がかりを求めてアーチャーは聞き込みをしまくる。いわゆる「足で稼ぐ」タイプの探偵。でも真相にはなかなか届かなくて、たらい回しに次ぐたらい回し。それが400ページ続く。決して退屈ではない。セリフは面白いし、描写も凝っている。
「結末の意外性」が読みどころとされるが、以前に読んだ小説でほぼ同じような仕掛けがあったせいで、なんとなく想像はついた。むしろその「以前に読んだ小説」のラストのほうが印象に残っている。
・リチャード・ニーリィ『殺人症候群』
久々にニーリィを思い出し、読んでない作品を読んでみようということで選んだのがこれ。
本の帯に「ハズレなし!」って書いてあるけど、嘘だった。
・東田直樹『自閉症の僕が跳びはねる理由』
自閉症はいまは「自閉スペクトラム症」と呼ばれる。「スペクトラム」という言葉の通り、自閉症といっても症状はさまざまである。
オリヴァー・サックス『火星の人類学者』に出てくる自閉症者テンプル・グランディンは、社会生活は送れているが、言語でのコミュニケーションを苦手としていて、とくに他人に共感することに大きな困難を持っている。「比喩をうまく理解できない」とも言っていた。
この本の著者はグランディンよりも重度の自閉症者で、自分の体をコントロールすることに大きな困難をもつ。「まるで不良品のロボットを運転しているようなもの」(Kindle版、No. 222)とあるように、自分の体を思い通りに動かせず、とつぜん大声を上げたり、跳びまわったりする。だが本に書かれているものを読む限りでは、他人への共感能力はきわめて高く、小説の創作を行うなど表現力が高い。
以下は、「すぐに返事をしないのはなぜですか?」からの引用。自分が言おうとしたことが「頭の中から消える」というのは、他の自閉症者の語りの中にも見たことがある。
みんなはすごいスピードで話します。頭で考えて、言葉が口から出るまでが、ほんの一瞬です。それが、僕たちにはとても不思議なのです。(中略)僕たちが話を聞いて話を始めるまで、ものすごく時間がかかります。時間がかかるのは、相手の言っていることが分からないからではありません。相手が話をしてくれて、自分が答えようとする時に、自分の言いたいことが頭の中から消えてしまうのです。(中略)僕たちは、まるで言葉の洪水に溺れるように、ただおろおろするばかりなのです。(Kindle版、No. 195〜)
・オリヴァー・サックス『妻を帽子とまちがえた男』
以下に感想を書いた。
・新井英樹『ザ・ワールド・イズ・ユアーズ』
新井英樹の漫画はすべて読んでいるので、作品の背景を知れて面白い。
新井漫画の一番の魅力は「セリフ」だと思っているけど、作者は自意識の肥大についてとことん突き詰めて考えるような人で、だからこそああいう鋭利なセリフが描けるんだなと。50歳になってからの逆ひきこもり活動も意外。
・橘玲『幸福の資本論』
読み物として面白く、参考になる。
いちばん納得度が高かったのは以下の箇所。世の中に一定数いる「困ったひと」(モンスターペアレントやモンスターペイシェントになるような人)との接触が、人間の幸福度を大きく下げるという指摘。
幸福感を毀損するいちばんの要因は、こうしたひとたちと関係を待たざるを得なくなることです。それが顧客であればまだ対処のしようもあるでしょうが、上司であれば悲劇ですし、同僚や部下であっても攻撃的コミュニケーションしかできない人物は職場という(逃げ場のない)閉鎖空間では強いストレスの原因になります。(Kindle版、No. 2637)
攻撃的な手段でしかコミュニケーションできない人はたしかにいる。そういう人が不幸の元凶として、周りの人間の幸福を収穫し続けるさまはときどき目にする。
その攻撃性が閉じたコミュニティ内で発揮されると、暴力や死を招く。北九州監禁殺人事件や尼崎連続変死事件の犯人も、「攻撃的コミュニケーションしかできない人」という人物像に当てはまっている。
・手塚治虫『きりひと讃歌』
読むのは3回目くらい。手塚作品の中ではお気に入りの一作。
占部のキャラが定まっていなかったり、中盤は手塚漫画でよく見るドタバタ劇が繰り広げられたりと、粗いなーと感じる部分も割とある。でもルッキズムを扱うテーマは現代的だし、随所に実験的な漫画表現があって楽しい。自然風景の描写にも妥協がないので、パラパラめくって風景を見るためだけに手元に置いておきたくなる。