つやだしのレモン

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『SOMA』レビュー

8  /  10

 

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GOOD

作り込まれたSF世界

 冒頭にフィリップ・K・ディックの引用。ゲーム序盤で主人公は現代から急に未来っぽい異世界へと飛ぶ。「ディック+異世界」の組み合わせから推測するに、異世界が実は現実で、現実と思っていた現代のほうの世界はドラッグか何かで見ていた仮想現実、それでタイトルの「SOMA」はドラッグの名前、みたいなストーリーなのかなと思って進めていたら、もう全然違った。

 本当のストーリーは、現代でスキャンされていた主人公の脳データが、100年後の未来社会でリブートされ、わけも分からぬままに人類の存亡をかけたミッションを託されるという話。未来社会ではスキャンした脳データをロボットに移植し、新たな人格として起動する技術が確立されている。だから「同じ人が無数に存在」することも可能となっているが、それが倫理的な問題をはらんでいて、というのがメインのテーマ。タイトルの「SOMA」は辞書で調べると「(精神に対する)体」という意味らしく、人間の精神と体が分けられたことで生じる葛藤を描きたいということなんだろう。ただ、こういうテーマはSFではよく見るので、「本当の自分って何?」みたいな問いかけはやや陳腐に感じた。

 ただ、ストーリーが退屈かというとそうではなくて、人類を追いつめるAI(ゲーム中では「WAU」という名称で登場)の設定はかなり面白い。人間を助けるはずのAIが暴走して人間を襲う、というのもSFでは定番中の定番だが、このゲームで面白いと思ったのは「ストラクチャー・ジェル」(Structure Gel)というドロドロした液体。このジェルはもともと、人間が機械をより効率的に稼働させるために開発されたものらしいのだが、生物に投与すると変異(mutation)を生じさせるというとんでもない副作用を持っていた。で、WAUはジェルを通じて他のロボットを操作することができたため、次第にジェルを過度に使用するようになり、ついには死んだ人間にジェルを投与してゾンビのような生物として蘇らせたりし始める。人間から見ればAIの暴走だけど、AIからすると人間を保護し危険から遠ざけているから正しい行動と判断される。

 ふつう、人間と機械をつなぐのは電波とか電子的メッセージになりそうなものだが、このゲームではそれをドロドロした「ジェル」が担っているというのが素晴らしいセンス。ディックの『ユービック』のユービックスプレーのような、最初は「なんだそれ」と思うんだけど、その突飛さゆえに逆に納得してしまうのがSFのガジェットとして面白い。

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没入感を高める演出

 グラフィックはそこまで高品質ではないが、音の作り込みと視覚効果のおかげで没入感は高い。ジェルによって変異した人間が徘徊している場所がいくつかあるが、その場面の緊迫感は『Alien: Isolation』のよう。

 特にサウンド面は本当によくできていて、主人公の足音、コンピュータに残された会話音声、機械がたてる異音、変異した人間の呼吸音など、不気味な雰囲気を作るのに大きく貢献している。

 さらに、「次にどこへ行けばいいか」「今マップのどのへんにいるか」はインターフェイス上では表示されないため、音声を聞いたりコンピュータ上のデータを読み取って自分で判断しなければいけない。こういう不親切さが生み出す焦りやパニックも恐怖を煽ってくる。

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BAD

世界観を損ねるパズル要素

 ゲームを進行させる過程で、パズル要素が結構ある。「ハンドルを順番に回して機械を作動させる」「パスワードを見つけて個室の扉をアンロックする」みたいなパズルは作品世界に馴染んでいて特に違和感はないのだが、「コンピュータ上で点を一筆書きでつなぐ」みたいなパズルは、なんでそれをクリアすると先に進めるのかが分からないので、リアリティを削いでいる。

 こういうパズル要素はアドベンチャーゲームの常で、ゲームとしては必要なのはわかるが、「めちゃくちゃ文明が発達してるのになんでこんな子供だましみたいなパズルで機械動かしてんだろう」と脱力感に襲われるようなパズルは絶対にないほうがいいと思う。

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