つやだしのレモン

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Moon

 月に囚われた男 (ダンカン・ジョーンズ監督、2009年)


○印象と感想

 最近SF映画ばかり見ています。奥浩哉GANTZSF映画論』で紹介されていた映画を片っ端からTSUTAYAでレンタルしてます。旧作なので全部100円。いい時代ですね。

 制作費は500万ドル。低予算映画に分類されるのでしょうが、映像的には安っぽさは微塵もありませんでした。宇宙船内部の無機質な造りは実に雰囲気が出ているし、主人公がその無機質さに慣らされている様子は実にリアリティがあって惹きこまれます。

 ジャンルとしては「SFサスペンス」とでもいうべき内容。場面転換が少ない上に派手なシーンはほとんどないので、映画総体としての印象は地味ですが、キメの細かな演出と巧みなストーリーテリングのおかげで退屈を感じる暇もなく観終えることができました。




 以下、ネタバレ注意






○息を呑むような生々しさ

 「クローン」をテーマにしたサスペンス映画としては展開を予想しやすいストーリーです。「第二のサム・ベル」が登場した段階で、彼がクローンじゃないかなと想定できた人は少なくないでしょうし、「もしかしたら第一のサムすらクローンかも」と推測するのもSFファンなら自然な流れ。

 しかし、この映画の評判が良いのはひとえに映画としての空気感が実に優れているからでしょう。主人公を演じる俳優サム・ロックウェルの演技は素晴らしいですし、脚本も実に練りに練られています。音楽も映像を邪魔することなく見事に調和しています。掘削機のアナウンスが「Searching for long-range comms」という音声を流し続けるのにも味がある。

 サム1号とサム2号が出会ってしばらくは妙に距離を置いていたり、でも結局は実際的な理由から互いを受け入れあったりする様は「これぞ現実」という生々しさ。特に、サム2号がジムで運動をすることでサム1号の存在を無視しようとする様子なんぞは絶品です。サム2号が「自分がニセモノである」という強迫観念から逃れるためにシークレット・ルームを探し回る場面も良い。



○オリジナル不在

 この映画、「クローン」を扱った作品であるにも関わらず、クローンの「オリジナル」の人間は登場せず。出てくるのはみなサム・ベルのクローンたちです。従来のクローン物では「主人公が『オリジナル』と『クローン』との間で葛藤する」という展開がほとんどですが、この映画の方向性はそこからはやや逸れています。

 月という無味乾燥な環境での退屈なルーティンワークから抜け出して、地球へ帰りたい、その願望充足のために2人の人間がもがき苦しむ過程がメインプロットです。2人のクローンが互いを認め、それぞれの意思を尊重しあう様にはしんみりとしました。サム1号が自宅に通話して自分の娘と話し、「I want to go home…」と呟くシーンはとりわけ感動的です。

 全体的に落ち着いた雰囲気の映画ですが、ガーティがサム1号に代わってパスワードを入力したり、サム2号が1号を地球へ帰そうとするなど、印象的なシーンの多い名作でした。